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2012/04/22

宇宙戦艦ヤマト2199へ到る長い道

まさか、本当になるとは思わなかった。
「宇宙戦艦ヤマト」の第1テレビシリーズがリメイクされる日が来るとは思わなかった。
「宇宙戦艦ヤマト2199」が制作されて、映画館でのイベント上映、ソフト販売と有料配信という新しいビジネスモデルで我々の前に現れた。
でも、その道程は長く険しかった。
それを振り返ってみたい。

はじまりは宇宙戦艦ヤマトだった

いま「宇宙戦艦ヤマト」の最初のTVシリーズを見ても、作画の稚拙さ、画面の汚さにはいささか眉をひそめたくなる。作画が統一されていないので、登場人物の顔が毎回変わるのもいただけない。
しかしながら、今は亡き宮川泰の音楽に胸が高鳴り、つい夢中になって見てしまう。
「宇宙戦艦ヤマト」の周辺には色々なことが起き過ぎて、スキャンダラスな面ばかりが目立つ。けれども私のような者にとっては、今でも胸がときめく宝もののような作品である。





今に到る「アニメブーム」のきっかけを作ったのは、間違いなく「宇宙戦艦ヤマト」だ。
人気アニメ「アルプスの少女ハイジ」(宮崎駿と高畑勲、大塚康生が参加していた)の裏番組だったため、低視聴率にあえいだ挙げ句、全39回の放映のはずが半年で打ち切られ、13回分のエピソードは幻と化した。
TVシリーズを再編集して映画にし、こぢんまりと上映するはずが前売り券がバカ売れして、上映館を拡大してスマッシュヒットとなった。
しかも、10代後半から30代あたりの観客を動員してアニメ=子供のものといった図式を破ってみせた。アニメは子供のものという常識を覆すことになったのだ。
「ヤマト」は「機動戦士ガンダム」とともにアニメの創り手を生み出す原動力になった。
「ヤマト」を見てアニメを志した世代は、のちに「エヴァンゲリオン」をはじめ数々の作品を創り、現在の世界規模のアニメ・ムーブメントの発信源となっていった。「宇宙戦艦ヤマト2199」の総監督・出渕裕もヤマトにインスパイアされて業界に入った。
また、「ヤマト」は同人誌ブームの起点にもなった。全国各地に「ヤマト」のファンサークルができて、ファンジンがたくさんできた。今でいう二次創作のヤマトがたくさんあったと思う。で、ファンジンの創り手から、アニメーターやマンガ家も多数産まれた。
おたくムーブメントは、「ヤマト」に始まった。

一方で、「ヤマト」はスキャンダラスにまみれた作品でもあった。

松本零士監修 「宇宙戦艦ヤマト」 大クロニクル


宇宙戦艦ヤマト (ソノラマ文庫 4-A)


ヤマトと西崎義展とスキャンダルと

劇場版 2作目「さらば宇宙戦艦ヤマト」で彗星帝国の超巨大戦艦めがけて特攻をかけて消滅したはずのヤマトは、TVシリーズ「宇宙戦艦ヤマト2」で特攻をかけない結末となり、そこから展開するTVスペシャル「宇宙戦艦ヤマト 新たなる旅立ち」がTVスペシャルとして放映され、その続編として映画「ヤマトよ永遠に」が公開された。
そして、「宇宙戦艦ヤマト完結編」である。この映画の見所のひとつは、死んだはずの沖田十三が実は生きていたという、あっと驚くサプライズなのだが、死んだはずの人間が生き返るくらいのことで、もはや誰も驚きはしない。
(ちなみに私は全部見にいっている。しかも1作目と2作目は初日に徹夜して見た)

なによりもプロデューサーがスキャンダルの源だった。
西崎義展プロデューサーの自己顕示欲ムキだしの横暴さと、金の亡者ぶり、儲けた金を蕩尽する様子がメディアで伝えられて、ファンはおおいに失望したのだった。

西崎義展氏の死に対する岡田さんのコメント

TV版を編集して公開した劇場版第1作と「さらば宇宙戦艦ヤマト」まで、西崎義展の好感度は高かった。しかし、「さらば宇宙戦艦ヤマト」大ヒット以降は眉をひそめたくなるようなことばかりが目立ったように思う。
松本零士との確執も、ファンの知るところとなった。

西崎プロデューサーは儲けた金で豪華なクルーザーを購入。知人を招待して航海に出て、女性を仕込み、麻薬を決めながら乱痴気騒ぎをしていた。
クルーザーには銃火器類が隠匿されていたという。東南アジアの海を航行するので、海賊対策だったのだという。
そのクルーザーで石原慎太郎とともに尖閣諸島に上陸する計画があったとも聞く。
で、2回にわたって覚醒剤の不法所持で逮捕、服役。
出所後、スタッフを再結集して「宇宙戦艦ヤマト 復活篇」を制作・監督するも興行的には大惨敗。
そして、実写版リメイク「Space Battleship ヤマト」公開を待たずに小笠原の父島で自分の会社が所有する船「YAMATO」から転落して死去。
毀誉褒貶の多い人物だった。
振り返ると、「海のトリトン」「宇宙戦艦ヤマト」「うろつき童子」以外の作品はことごとく失敗したプロデューサーだった。「宇宙空母ブルーノア」や「光子帆船スターライト」など、知っている人も少ないのではないだろうか。

漂流するヤマト


「宇宙戦艦ヤマト」最初のTVシリーズ放映から約30数年を経て、この10年ほどリメイクの話が浮かんでは消えるようになった。

西崎プロデューサーは舛田利雄監督や石原慎太郎などをブレーンに招いて構想を練った「宇宙戦艦ヤマト 復活篇」を発表していた。1994年のことで、実際に映像化されるのはそれから15年後の2009年だった。
驚いたことに固有名詞などが一部変更されただけで、この当時のストーリーがほぼそのまま映像化されていた。








続きは、以下のリンクから。

ヤマト わが心の不滅の艦


迷走する松本零士

西崎義展の麻薬所持による逮捕・拘留の間に、松本零士は「新宇宙戦艦ヤマト」のマンガを連載を開始して、ベンチャーソフトというIT企業のバックアップのもと、作家などを集めて映画の企画を練り始めた。
旧ヤマトの千年後が舞台。西暦3199年、ヤマトは旧ヤマトの倍の大きさを誇り、かつての乗組員たちの子孫(しかも名前は同じ)が乗り込むという、オドロキのお話だ。

その後、松本零士は突如「ヤマト」の原作者は自分であるとする裁判を起こし西崎氏に謝罪を求めた。1審では原作者は西崎氏にあるという判決が出た。これによって松本零士サイドは「新宇宙戦艦ヤマト」制作を中止、新たに「大ヤマト」なる作品を制作すると発表した。これはDVDとして地味にリリースされた。



事実上最期の「宇宙戦艦ヤマト」となった「宇宙戦艦ヤマト完結編」の公開は1983年のことだった。
それから20数年の月日が流れた。
その間に、アニメは、驚くべき進化を遂げて、数え切れない収穫があった。アニメファンの大半は、「ヤマト」も松本零士も過去のものと捉えていたのではなかったか。
「機動戦士ガンダム」、「AKIRA」、宮崎駿のアニメ、押井守、「エヴァンゲリオン」など豊穣な収穫の中で、「ヤマト」は朽ちていった。

ヤマト再構築へ

おれにとって、そしておそらくは少なくない数のヤマトファンにとって「宇宙戦艦ヤマト」の第1テレビシリーズのリメイクは見果てぬ夢だったんではないだろうか。たぶん、出渕裕にとってもそうだったと思う。
おれは「パトレイバー」や「エヴァンゲリオン」、「攻殻機動隊」を見て、いまのアニメ技術でヤマトを見られたらと思ったりした。
PS2ゲームのムービーを見ては、このタッチでTVシリーズかOVAを夢想したものだ。(松本零士タッチのリファインとしては素晴らしいと思う、PS2ゲーム用ムービーは)






「宇宙戦艦ヤマト 復活篇」の興業的な失敗で、「宇宙戦艦ヤマト」リメイクは夢のまた夢かと思ったら、まさかの「宇宙戦艦ヤマト2199」。西崎義展も松本零士も関わらない「ヤマト」が世に出るとは。

世の中、どう転がるかわからないのが面白い。


2 件のコメント:

  1. ≫西崎プロデューサーは儲けた金で豪華なクルーザー航海に出て、女性を仕込み、麻薬を決めながら乱痴気騒ぎ、クルーザーには銃火器類が隠匿されていた。東南アジアの海を航行するので、海賊対策だったのだ。
    ≫そのクルーザーで石原慎太郎とともに尖閣諸島に上陸する計画があったとも聞く。

    事実関係が違います!

    麻薬は以前から服用していた可能性があります。
    クルーザーの件。
    石原慎太郎氏が西村慎吾氏と共に、西崎義展氏をクルージングに誘った。船は西崎氏が所有。
    フィリピンで、石原氏が「この辺りは海賊が出る! 国会議員たるわたしを守れぬのか!」と、大量の銃火器を西崎氏のカネで購入させる。西崎氏に無断で、石原氏は船長(船の運転手)に、尖閣諸島へ向かうよう指示。抗議する西崎氏を無視。
    尖閣諸島で「日の丸」を振りかざしてはしゃぐ西村氏。このとき、尖閣諸島に「白いシャツの男性」が駆け回るのが確認された。これが西崎氏。
    石原氏当人は安全な船の上。

    西崎氏は≪この事件≫との関わりを隠すため、購入させられた銃火器を隠蔽した。但し、氏も多少は銃マニアなのか、銃のうち一つは自慢して見せびらかしていた(←ドジ!)。

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  2. 裁判は突如ではないです。
    PS版ヤマトが製作されたことに対して西崎氏が文句を言い出したための
    対抗措置が裁判だったと聞いています。
    ただ日本の著作権上はアイディアを出した人間ではなく
    作品を製作した人間に著作権があるとしていますので、
    西崎氏に権利が行ってしまったのは仕方がない部分もありますね。

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