平井和正は「コンテンツのマルチ展開」の先駆けみたいな作家かもしれない。
漫画の原作を書き、それを基にして小説を書く。
その小説を基にした漫画が描かれ、出版される。
映画化されたこともある。
OVAにもなった。
マルチ展開というよりも、材料を効率的に使い回しているといったほうが正確なのだろうか。同じネタを巧妙に使いまわして、効率よく稼いでいた人なのだな、と思う。
これはマーヴェル・コミックスの代表的な作品「スパイダーマン」の日本版コミックスである。平井和正の原作をもとに池上遼一が作画した。
このコミカライズ、最初の頃は映画評論家・アメコミ評論家として高名だった小野耕世がストーリーを担当していたが、途中で平井和正と交代する。
この作品のストーリーの一部は平井和正の代表的な小説、「ウルフガイ」で使い回しされるのだ。
他にも、漫画原作を元にした小説がある。
漫画原作を小説化する人って、ほかにいただろうか。
漫画原作の小説化って、「売れ残った画に手を加えて値札を書き換える」「古い家具を手直しし、ペンキも塗り直す」といったところか。
それはありだけど、釈然としない。
平井和正は、小説家一本で仕事をする前はアニメの脚本を書いたり漫画の原作を書いたりしていた。
どんな漫画の原作を手がけたかというと、「エイトマン」、「超犬リープ」、「幻魔大戦」、「デスハンター」、「ウルフガイ」、「スパイダーマン」、「新幻魔大戦」などである。
平井和正は小説「狼男だよ」を立風書房から出版する。
ところが、記念すべき処女出版から、数十箇所に及ぶ改変・改竄が見つかった。編集者が平井和正に無断で手を入れたのだという。
平井和正は立風書房の親会社である学研に猛然と抗議し、結果、謝罪広告の掲載と改訂版出版を勝ち取ることができた。
平井和正は勝利した。しかし、その代償として出版社に回状がまわり、干されることとなった。
小説家としての前途が断たれたのだ。
その時、講談社「少年マガジン」編集長・内田勝が救いの手を差し伸べ、「漫画原作を書かないか」と持ちかけてきたのだ。
内田勝は梶原一騎に「巨人の星」「あしたのジョー」原作を書かせた人で、劇画を隆盛に導いてみせた凄腕にして慧眼の編集者だ。
内田勝は平井和正に「週刊ぼくらマガジン」の「ウルフガイ」、「月刊別冊少年マガジン」の「スパイダーマン」の原作を書かせた。
「ウルフガイ」は最初から小説の形式で書かれ、後に小説として出版される。
これは高校生の犬神明を主人公とする小説シリーズで、のちに「少年ウルフガイシリーズ」と便宜的に称される。
「スパイダーマン」のいくつかのエピソードは手が加えられ、「狼男だよ」に始まる「アダルト・ウルフガイシリーズ」のエピソードとして再利用されることとなる。
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狼の紋章 (ウルフガイ)
「スパイダーマン」は作画がデビューしたての池上遼一。当初小野耕世がノンクレジットでストーリーを担当していたが、途中から平井和正が参加。
1970年代初頭の暗く、騒然とした世相を色濃く反映したマンガだ。
そもそも、ヒーローを否定するような描写が色濃い。世間ではスパイダーマンのことを偽善者、売名行為と罵倒する。
ヒーローの高校生は次々に不幸に見舞われ、苦悩するヒーローなどという甘いものではない。
平井和正がクレジットされてからというもの、それが色濃くなった。
麻薬を密売する高校生の不良グループと暴力団の抗争に巻き込まれる主人公、赤軍派を思わせる過激派による警視副総監誘拐事件に巻き込まれる主人公、覗きこんだ者の正気を失わせる<金色の目>を持った魔性の女教師が学園に巻き起こす悲劇など、ヒーロー物としては異色のものばかりだ。
主人公の血を輸血された結果、超人的な能力を得た少年のエピソード、大手芸能プロに潰された女性歌手が「見えない虎」を生み出して次から次へと復讐を遂げるエピソードは、のちに「アダルト・ウルフガイシリーズ」のエピソードに書き換えられる。後者など、主人公がスパイダーマンに変身することもなく進行していく。
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平井和正は「少年ウルフガイシリーズ」、「アダルト・ウルフガイシリーズ」の小説がヒットし、晴れて小説専業となった。
講談社の名編集者・内田勝がくれた仕事で露命をつなぎ、仕事の成果物の2次的な使用でもって小説家としてメシが食えることとなったのである。
成果物の2次的な使用で言えば、「幻魔大戦」の小説版はのちに分岐世界を舞台にした「真幻魔大戦」とともに大ベストセラーとなり、「デスハンター」は小説化にあたって「死霊狩り」と改題されてヒットする。
逆に小説をマンガのストーリーに転用したものもあり、「スパイダーマン」では<金色の目>を持った魔性の女教師のおはなしが小説から転用されたものだ。
さらに、マンガとして始まった「ウルフガイ」は小説として成功を収め、映画やOVAにもなり、近年になって再度コミカライズされるなど、ある意味で効率の良いコンテンツになっている。
平井和正はある意味、商売に長けた面があったようにも思う。
マンガ原作の使い回しもそうだし、出版社を渡り歩いて(結果的に)自らのバリューを高めていった側面も面白いので、別の機会に触れてみたい。
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