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2020/07/14

『宇宙戦艦ヤマト2202』│暗愚の教祖とファンとの共依存

『宇宙戦艦ヤマト2202』は酷評の嵐にもかかわらず、Blue-rayとDVDは『宇宙戦艦ヤマト2199』の半分くらいの枚数は売れたという。

当初、『宇宙戦艦ヤマト2202』は『さらば宇宙戦艦ヤマト~愛の戦士たち~』および『宇宙戦艦ヤマト2』のリブート作品と称していた。

1978年の旧作品を見て熱狂的に支持したファンが観て、版権商品に多額のカネを使ってくれることを想定して企画された作品だ。
40年前の熱狂再び、と製作者は考えていたようだ。
正しくは、40年前のような〈ボロ儲けよ再び〉だ。
それは虚しいこととなったが、そこそこの売上は確保できているらしい。

『宇宙戦艦ヤマト2202』は、Blue-rayやDVDを中心にプラモデルや書籍などの版権商品で儲けを確保しようというビジネスをしている。

Blue-rayとやDVDを買うという消費行動は、中高年が好むものになってしまった。
深夜アニメ放映→DVD購入(作画崩壊部分の修正や特典映像あり)というビジネスが確立している。
中高年アニメファンは、好きな作品を、〈形あるもの〉 として手元に置きたいと願う。
「作品を手元に置きたい」古いファンは、Blu-rayやDVDを買う。

中高年以外のアニメファンは、Blu-rayやDVDを捨ててストリーミングへのシフトが進んでいる。スマホでも液晶テレビでもパソコンでもネットにつながる環境で、好きな時間に鑑賞する。
中高年以外のアニメファンは、Blue-rayやDVDを買わなくなってきた。

したがって、『宇宙戦艦ヤマト2202』は、ほとんどのアニメファンには見向きもされていない。
大多数のアニメファンは、そんな作品があることすら知らないもしくは関心がない。
ほかの新作アニメを観るのに忙しい。

『宇宙戦艦ヤマト』は、「地球を救うという大いなる使命のために旅をして、苦難にあっては命さえ投げ出すことを厭わない英雄たちの物語」という古典的なストーリーである。
世界を救うという〈大きな物語〉は、いまアニメを観ている若い世代には人気がない。
あまりに古くさくて、見向きもしない。
コアなアニメファンがお客さんにならないのだ。
そんな『宇宙戦艦ヤマト2202』がマーケットを形成するには、オールドファンが好んで観るような内容にするのが正解である。
マーケティングをきっちり行ったとすればその方法しかない。

アニメのマーケットは、世代別・嗜好別にセグメンテーションされた小さなマーケットがたくさん生まれている。
その総体としてはかなり大きなマーケットになっている。
『機動戦士ガンダムUC』や『宇宙戦艦ヤマト2199』という、比較的高い年齢層をターゲットにしたアニメが大きなビジネスとなり、高齢になってもファンが 離脱しないでマーケットを形成することもわかった。

『宇宙戦艦ヤマト2202』は、懐の豊かな高年齢ファンに高額なBlu-rayや模型、書籍を売って儲けるのが商売である。
TVアニメ4話分、約100分の動画をシネコンで上映するのも、深夜のテレビ放映も版権商品の宣伝をする方策にすぎない。

『宇宙戦艦ヤマト2202』は、ターゲットとなる往年のヤマトファンの評価は芳しくない。
現時点で、『宇宙戦艦ヤマト2202』は『さらば宇宙戦艦ヤマト~愛の戦士たち~』・『宇宙戦艦ヤマト2』のリブートとは呼べないものになっている。

いや、はっきり言って『宇宙戦艦ヤマト2202』は酷評が多い。
Yahoo!の映画レビューやAmazonのレビューにはこの作品の瑕疵を指摘する文字量がかなり多い投稿が、たくさん見つかる。

にもかかわらず、Blue-rayとDVDはある程度売れている。
『宇宙戦艦ヤマト2202』のBlue-rayとDVDを購入するのは40代以降のアニメファンである。

このことから、『宇宙戦艦ヤマト2202』ファンの中には、
内容を酷評しているというのにもかかわらず、Blue-rayやDVD、プラモデル、書籍などを買っている。

という、理解できない行動を取っている者が少なからずいたと推測される。
「ヤマト」を深く愛するひとびとの、愛の証なのだろうか。

一部の『ヤマト』ファンの忠誠度の高さは、じつに驚くべきものだ。

愚作にして失敗作としか言いようがない映画『宇宙戦艦ヤマト 復活篇』のBlu-rayやDVDを購入して、続編制作を支援するのだ、わたしはもっともっとヤマトが観たいなどと訴えたりした。
高いBlue-rayをひとりで何枚も買ったりしている者もいた。

彼らは『宇宙戦艦ヤマト2202』でも同じようにお金を使っているのだ。

『宇宙戦艦ヤマト2202』は、本来は無料で行うはずの試写会を「イベント上映」として金を取り、配信は他の作品よりも高い金額に設定し、ファンクラブも3グレードの有料制度を設けるなど、とにかくファンからおカネを取ろうというのに熱心だ。
で、喜々として払う人間が一定の数、いるのだ。

この状況は、新興宗教を連想する。
教祖と熱狂的な信者の関係を思わせる。
教祖は信者を罵倒する。 お前らはなにもわかっていない。
お前らはゴミだ。クズだ。
ヤマトに対する信心も修行も足らない。
反省せよ、反省して修業に励み、真理に到達せよ。
お布施せよ。
お布施して徳を積むのだ。
そのために、本を買って読め。
何冊も買って、周囲の者に配って広めよ。
セミナーに参加して学べ。
ご本尊を分けて与えよう、飾って拝め。

お布施や本は、マーチャンダイズ商品である。書籍、プログラム、Blu-ray、DVDである。
セミナーは、映画館でのイベント上映で、会場では割高な価格に設定されたグッズが売られている。「先行特別Blu-ray」

そして、信者は喜んで金を出して商品を買い、教祖の歓心を買おうと試みる。
教祖は信者をバカにし、罵倒してカネを収奪するのだ。

『宇宙戦艦ヤマト2202』には、「副監督」という奇妙なクレジットがある。
天下の副将軍・水戸光圀あたりが発想のもとだろうか。

副監督と称してはいるものの、事実上作品の最高権力者であるようだ。

新興宗教の教祖のような尊大な振る舞いをしているのがたいへん興味深い。


Twitterで、副監督はヤマトファンを中心にして気に食わない人や、意見が合わない(とかれが判断したらしい)人たちをブロックしまくっている。
副監督はもともとはプラモデルを作る人で、のちにアニメのメカデザインなどを手がけるようになったらしい。
名前を入れて検索してみると、9割くらいの意見はネガティブだ。
最近は経文を取り入れたデザインが好きらしく、『宇宙戦艦ヤマト2202』にも登場させている。

自分が読みたくないアカウントを予防的にブロックした上で、オールドスクールなネトウヨ妄言をリツイートしたりしている。
注目すべきなのは、本人はプロモーションのつもりらしいネタバレをTweetしたり、古くからのヤマトファンや旧作品のスタッフを罵倒したりしている点。

意見する古参ヤマトファンに対して、「老害は見るな」内容を批判するツイートには「嫌なら見るな」と描いてクリエーターとしての立場をとっくの前に放棄している。
クリエーターである前に人さまにお金を出してもらって成立する商業作品に関与する人間としてアウトである。
愚かなことだ。
頭の中の詰めものが圧倒的に不足している。

自分の配下においたスタッフは名字を呼び捨てで書き、距離のある、もしくは気に食わないスタッフは担当する役職で書く。
だまっておれの作っているヤマトを見ろ。
嫌なら見るな。
ただし、Blu-rayや模型は買え。たくさん買え。


それに付き従っておカネを使うファンがいる。
驚きである。




多くの人が制作に関与する商業作品として制作されているものが、個人的な思惑で改変ができるものなのか、という疑問はあるが、状況証拠から『宇宙戦艦ヤマト2202』は副監督が仕切っていると思われる。
別に製作する人間の人品骨格などどうでもよいお話であって、面白い作品を作れば問題はないのだ。
これがクリアできていない。
ものすごくつまらない。

創り手の基本的教養も良識も持ち合わせていない底の浅さ、物語を作るプロとしての実力のなさ、自分の願望で作品世界を改悪する浅ましさがはっきり見て取れるシロモノになってしまっている。
このひとのツイートやブログを読むと、日本語がまともに使えないのがよくわかる。
言語がまともに使えない、すなわちコミュニケーションができない人間が制作の実権を得てモノを作るとどうなるか。

その結果が、『宇宙戦艦ヤマト2202』である。

あれは模型が好きという以外に取り柄もなくて対人コミュニケーションに問題があり頭も良くない偏屈な男がいる。
それが『宇宙戦艦ヤマト2202』で自分の意見が反映できる立場となった。
それで自分のデザインしたメカを大挙登場させ、支離滅裂な妄想を無理やり入れてみた。
作品には元作家がシリーズ構成で入ったが、それをぶっ壊して自分の好みを絵コンテでねじ込んだりしていたという。
かつて豊かなアイデアを取り入れて日本のTVアニメの新しい領域を切り開いた作品の名を冠する作品は、愚作と成り果てた。

『宇宙戦艦ヤマト2202』に宗教的なモチーフが散見されるのは興味深い。
仏教系国粋主義の宗教団体の信者が制作スタッフにいるのかもしれない。
それも、決済権のあるスタッフに。


オールドファンは、『さらば宇宙戦艦ヤマト』リブートに希望を抱いていた。

『さらば宇宙戦艦ヤマト~愛の戦士たち~』は、熱狂をもって支持された。

この映画は、古典的な〈愁嘆場映画〉〈お涙頂戴映画〉だった。
映画で感動させるのなら、主役かそれの周囲の人物を殺すもしくは自己犠牲の末に散っていく様子を描けばいい。客が勝手に泣いてくれる。
大衆演劇から映画に受け継がれた作劇は150分のアニメ映画にも使われた。
この(何の工夫もない)ベタな内容がファンを魅了したのだ。
<感動しなければならない空気>のようなものが上映映画館には漂っていた。
映画を基にしたTVシリーズ『宇宙戦艦ヤマト2』は、映画の余熱で視聴率が好調だった。作画レベルも低く、ストーリーも映画版をおそろしく希釈した作品だったにも関わらず。
ブームとはすごいものだ。

そして時は過ぎて『さらば宇宙戦艦ヤマト~愛の戦士たち~』にリブートの時が来た。
せっかくのリブートの機会なのだ。質が高くなっていることを望んでいたはずである。
『さらば宇宙戦艦ヤマト~愛の戦士たち~』および『宇宙戦艦ヤマト2』は質が低いアニメだった。シナリオには瑕疵があったし作画もレベルが低かった。彩色のミス、セルの傷やテカリも盛大に目立っていた。
画が美しく、タッチが統一され、デッサンが狂わず、よく動くアニメ。
かっこいい戦艦のデザインと戦闘シーン。
大枠を変えずに面白く、鑑賞に耐えうるストーリー、人物造型。

そういった期待は潰えた。

動かない・時々デッサンが狂う・人物アップの口パク多用。
『2199』の映像使い回し。
それらから見て取れる、「金のかかっていない、安っぽさ」あふれる映像の出来。
センスを疑わざるを得ない、メカデザイン。
旧作デザインの悪趣味な改変。
コピー・アンド・ペーストCGで安っぽいメカ描写。
作画スタッフも、CGを手がけるスタッフも。上手な人は少ない。
予算も充分かけていないことが見て取れる。
ストーリーが面白くない。
登場人物が誰も立っていない。

だが、それでも彼ら彼女らはBlu-rayやDVDを買った。
希望が叶うことを祈りながら。

希望とは、次なる新作『宇宙戦艦ヤマト』が世に出ることである。
次こそは〈面白いヤマト〉、まともな〈ヤマト〉が見られますように。
そう願って『宇宙戦艦ヤマト2202』にカネを使う。
そのように感じられる。

客の数は減少したが客単価は上昇して、いちおうの経済的な成果を得てはいるようだ。
すなわち、少なくなった客から多額のカネを吸い取っているのだ。
いや、一部喜々としながらカネを差し出している連中がいるのだ。
少なくなった客からできるだけ多額のカネを引き出したい制作者と、それに従うようにカネを出す『ヤマト』のファン。
相互に補完する関係性が生じているのだ。

先に「新興宗教」で例えてみたが、これは「ストックホルム症候群」で例えることができるかもしれない。
乱暴な制作者にひどいデキの『宇宙戦艦ヤマト2202』を押し付けられるばかりのファンは、ひどい作品世界に恋々としている。
『宇宙戦艦ヤマト2202』を酷評したり、『宇宙戦艦ヤマト2202』にカネを使わなかっりしたら、ヤマトは終わるのではないかそうしたらわたしの理想とする『ヤマト』の新作は観られないのではないか、などと思っているファンが居るのかもしれない。
ひどい作り手を容認するばかりか、共感を抱いて同調してしまう。

すなわち、囚われている。
ドメスティック・バイオレンスの結果、暴力依存になるような状況と似たような様相なのではないか。




ファンからカネを吸い取ることにしか興味がないプロデューサー、そのプロデューサーの歓心を得て(いるらしい)、愚作を作る模型屋。
模型屋は、観ている同世代のファンを馬鹿にしつつ、金を出せよと強要する。
何という奇景だろうか。

『宇宙戦艦ヤマト2202』で見切りをつけたファンも多いだろう。『ヤマト』のファンは、今後、ますます減るのは確実だ。
上述のように、カネを落とす『ヤマト』ファンは可処分所得の大きい、鷹揚なファンは残っている。
彼らの数を減らさないということで、『ヤマト』ビジネスは成立する。
映画『さらば宇宙戦艦ヤマト~愛の戦士たち~』は400万人が鑑賞した。
その0.5パーセントの人々が高額なBlu-rayやマーチャンダイズ商品を購入している。

仮に続編ができるとして。
『宇宙戦艦ヤマト2202』でファンがますます少なくなったとしたら、作品はどうなるのか。
まず、予算はない。
予算はないが、Blue-rayや配信料金は、客単価を上げるために高額になる。
予算がないので、才能のない人しか制作に参加しない。少ない制作費だから、とうぜん、アニメとしての質はさらに低下する。

それでも、ファンは支持するのだろうか?

まことに不幸なことと言わざるを得ない。





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