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2019/02/15

半世紀後、幻魔世界はつながった。『幻魔大戦 Rebirth』

七月鏡一+早瀬マサトの『幻魔大戦 Rebirth』は、刺激的だ。
1960年代の少年漫画のクラシックなスタイルを取りながら、もっとも先鋭的と言っていい試みをしている。

『幻魔大戦 Rebirth』は、最初の『幻魔大戦』、すなわち『少年マガジン』版漫画で中断した内容を引き継いでいる。
早瀬マサト先生の仕事はすばらしい。画のタッチは、往年の石ノ森章太郎の描線を受け継いでいて、石ノ森章太郎の漫画を夢中になって読んだ頃の気分が蘇ってくる。




『幻魔大戦』は50年にも及ぶ長い歴史があって、さまざまな作品で展開し、しかも(平井和正の言葉を借りれば)まだ終わっていないのである。

『幻魔大戦』は1967年に平井和正・石ノ森章太郎共作で少年マガジンに連載が始まった。原作は平井和正といずみ・あすかで作画は石森章太郎。いずみ・あすかは、石森章太郎のペンネームである。
ストーリーは両名によって作られた。
漫画は幻魔が地球に侵攻し、超能力戦士たちがそれに対峙する場面で終了。
編集サイドからの要請による打ち切りとも、あまりにも強大な〈敵〉を設定してしまったため、作者たちが途中で放り投げたとも取れる。
さて、これからどうなるのか、とモヤモヤする終わり方をした。

単行本は少年マガジンの発行元・講談社ではなく秋田書店から刊行された。



その後、「SFマガジン」に平井和正・石森章太郎共作の『新幻魔大戦』が連載されたが、これも完結しないで終了。『新幻魔大戦』はのちに平井和正自身でノヴェライズした。

長い沈黙の期間を経て、平井和正は漫画版とは別の世界を舞台に、『新幻魔大戦』の続編として小説『真幻魔大戦』を発表。
石ノ森章太郎は漫画版から1,000年後を舞台にした『幻魔大戦』(漫画雑誌「リュウ」版)を発表する。
平井和正は『真幻魔大戦』と並行して、「少年マガジン」漫画版のノベライズを始めた。「野生時代」という角川書店の文芸雑誌に一挙掲載ののち、文庫として出版。
これが恐ろしく売れた。


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小説版『幻魔大戦』は当初、少年マガジン版漫画を丹念に文字で追っていた。
しかし、いつの間にか変質してしまう。
幻魔との戦いはどこかに行って、GENKENという組織をめぐる宗教小説、一転して宗教批判小説と化して全20巻にも及ぶ長大な小説になっていった。
平井和正はある時期「GLA」という新新興宗教にハマっていた。
教祖のゴーストライターを務めたりしたものの、内部紛争に嫌気がさして教団を離れる。
教団にハマった頃の体験は『アダルト・ウルフガイ』シリーズに、教団内のゴタゴタを目にした体験は『幻魔大戦』に反映している。
幻魔との戦いをすっぽかして、主人公の東丈が作ったGENKENという組織の内部紛争に文字が割かれる。いつの間にか主人公の東丈は失踪している。
『真幻魔大戦』は少年マガジン版の「幻魔侵攻」がなかった70年代の世界を舞台に描かれたが、未完のまま終了。こっちも主人公の東丈は失踪のまま。
『幻魔大戦』は『ハルマゲドン』という続編に移行。
平井和正は『ハルマゲドンの少女』という、シナリオ形式の小説を上梓。『幻魔大戦』世界と『真幻魔大戦』をつなぐ作品となった。
かねてより「言霊」の命ずるままに小説を書いてきたという平井和正は、ある日、息子さんがリビングに置いていた高橋留美子の「めぞん一刻」を手にし、それをきっかけに高橋留美子に耽溺。彼女と対談しているうちに、『幻魔大戦』の言霊が去って『ウルフガイ』の言霊がやってきたことを知り、以後、『ウルフガイ』シリーズを再開、『幻魔大戦』は長い空白ののちに続編が書かれる。

続編は電子書籍に舞台を移して書かれ続けた。
『幻魔大戦deep』、『幻魔大戦deepトルテック』である。
CD-ROMに格納されて販売された電子書籍と豪華な装丁の書籍版が出た。
いずれも高額だった。
かつて、読者の多くがお小遣いの少ない学生なのを考慮して文庫を中心に据えていた作家も晩年は高額な出版物を出すように変容していた。
残念なことに、多くの読者は敷居の高い電子書籍と高額な書籍版に手が伸びなかった。

『幻魔大戦deepトルテック』の版元は「幻魔大戦は完結した」とTwitterでアナウンスしたが、平井和正は「幻魔大戦はまだまだ終わりを告げる気配もない」と記している。
存命だったら、
平井和正は新しい『幻魔大戦』を書いたのだろうか。

小説として書かれた『幻魔大戦』は少年マガジン版にあったエンタテインメント性を喪失し、〈精神世界〉を描く作品となった。
文体も変容して、かつての疾走感のある筆致は失せてしまった。

その結果、平井和正のファンは全面的に入れ替わった。

エンタテインメント志向の読者は平井和正と訣別した。
代わりに〈高次元の存在〉〈意識の覚醒〉〈意識を光で満たす〉などというフレーズを読書感想文に入れるようなスピリチュアルな選民思想を持った人が大量にやってきた。
『幻魔大戦シリーズ』『ウルフガイシリーズ』はGLAはじめ幸福の科学、オウム真理教などの「新新興宗教」の教義に強い影響を与えたとも言われている。
しかし、詳しい検証はされていない。

中断したマンガ版『幻魔大戦』、エンタテインメント性を失った平井和正の代表作『幻魔大戦』。
もやもやを抱えて長い時間が過ぎていった。

そして、『幻魔大戦』は復活した。

『幻魔大戦 Rebirth』である。
少年マガジン版『幻魔大戦』から、じつに半世紀が過ぎている。

このマンガはエンタテインメントである。
エンターテインメントであること、これが重要なのだ。
これは続きを気にしながらも、泣く泣く平井和正と訣別したファンにとっては大いなる福音なのだ。
そして、石ノ森章太郎ファンにとっても早すぎた意欲作の復活は嬉しいことだ。

平井和正の小説版『幻魔大戦』『真幻魔大戦』に登場した人物も登場していること。
石ノ森章太郎のマンガ版『幻魔大戦』の設定と登場人物を取り込んでいること。
そして、石ノ森章太郎の超能力テーマのマンガのキャラクターであるミュータント・サブ、さるとびエッちゃん、サイボーグ001・イワンまでもが登場している。
いつか、サイボーグゼロゼロ戦士たちも参戦するかもしれないと期待を抱かせる。
〈石ノ森章太郎ユニバース〉と、文字で表現されてきた〈平井和正ユニバース〉をたくみに融合させているのがすばらしい。
平井和正は石ノ森章太郎と訣別して幻魔世界を描いた。
石ノ森章太郎も独自に『幻魔大戦』を描いた。
このふたつの『幻魔大戦』が、いま混じり合い、さらにほかの作品まで取り込んで作品世界を創っている。
『幻魔大戦』という作品を巡った状況を知っている人には驚きであり、感激だった。
石ノ森章太郎の超能力を扱った作品のキャラクターが続々登場して活躍し、平井和正の創造したキャラクターと絡み合うだなんて、胸が躍るってやつだ。
『幻魔大戦』と『真幻魔大戦』、石ノ森の『幻魔大戦』(リュウ版)を踏まえて、幻魔との闘いがいくつもの宇宙で並行して行われてることも描いている。

〈マーベル・シネマティック・ユニバース〉に対する日本からの回答といえるのではないか、とさえ思う。
〈マーベル・シネマティック・ユニバース〉はマーベル・コミックのヒーロー大集合という難しい課題をきっちりと設定を練りに練った上でしっかりとしたストーリーと恐ろしくカネがかかった映像で見せる。
異なる時間軸・世界に属するヒーローたちを集結させたというのがいい。
脳天気なヒーローバンザイの映画ではなく、ヒーローという存在の社会的な意義を問うような深い内容であり、しかもそれを徹底したエンターテインメントに昇華して見せてくれる。
しかも〈マーベル・シネマティック・ユニバース〉はこの世界の幻魔とでも呼ぶべき絶対的な悪の存在もいる。
『幻魔大戦 Rebirth』は石ノ森章太郎のキャラクターも平井和正のキャラクターもキチンと納得できるように登場させた上で、近年のマンガからなくなってしまった正統的な冒険マンガ、SFマンガとして成立させている。
オールドスクールながらまっとうなSFである。
〈マーベル・シネマティック・ユニバース〉と肩を並べると思う。

原作者の七月鏡一、早瀬マサトは、平井和正と石ノ森章太郎に最大限の敬意を評しつつ、「幻魔宇宙」を描くという難行にして偉業に挑んでいる。
かつての少年漫画のクラシックなコマ割りをベースに、1話あたりの話の密度が濃いのも現在ではむしろ新鮮である。

私が最大の関心を持っているのが、主人公東丈の姉、東三千子がどう描かれるか。漫画にはすでに登場しているが、まだ深く描かれてはいない。
東三千子は平井和正には女神のような存在で、石ノ森章太郎にとっては姉を投影した特別な存在として描かれていた。
七月鏡一・早瀬マサト両先生は、東三千子をどのように描くのか。
とても楽しみである。
もちろん、幻魔と超能力者たちの闘いがどうなるか、ドキドキしながらマンガを読んでいる。

『幻魔大戦 Rebirth』の最新エピソードは「サンデーうぇぶり」というサイト、およびスマートフォンおよびタブレット用のアプリで無料で読める。

2 件のコメント:

  1. バランスの取れたステキな論評ですね。楽しく読ませていただきました。
    申し訳ありませんが、重箱の隅をつつかせていただきます。
    雑誌の名前は「野性時代」です。「野生時代」ではありません。
    ちなみに、イワン・ウィスキー以外のサイボーグゼロゼロ戦士は登場しないと早瀬マサト先生が宣言しておられます(2巻と3巻にはモブとしてカメオ出演していますが)。
    https://twitter.com/hayasemasato/status/717382268692537344
    石森プロとして、純粋に元の作品の延長上としての出演を許可しているのは
    ミュータント・サブとさるとびエッちゃんとイワン・ウィスキーの3キャラだけらしいです。
    それ以外のキャラは遊び
    (宇宙からのメッセージのウロッコや
     ガイスラッガーのソロン号、
     サブが最大出力時に変身するイナズマンなど)か、
    スターシステム的に別キャラを演じる
    (ギルガメッシュ=>ダミアン・ヴラド、
     千草カオル=>杉村遊奈)というルールが
    建前らしいです。
    https://togetter.com/li/1249264
    https://togetter.com/li/1249254

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  2. こんにちはいつも面白い投稿をありがとうございます。たびたび平井和正や石ノ森章太郎先生ネタも投稿してくださってありがとうございます。40代おじさんにはうれしいかぎりです。
    2019/03/29に配信された内容も素晴らしかったですよ!あのキャラが再登場するとは!!
    ではお体ご自愛下さい。更新を楽しみにしています!!!!

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