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2015/02/24

天使憑きの犬神明と平井和正

2015年1月17日、平井和正はこの世を去った。
追悼を兼ねて旧作でも読もうと、アマゾンで検索してみた。
驚いたことに、旧作はほとんど入手できない。かつて総計1千万部以上も著作が売れた作家なのに。

昔はSF小説を好んで読んでいたのだが、ある時期に平井和正の小説を熱心に読んだ。
今ではジャンルとしてのSF小説はすっかり衰退して、本屋に行ってもコーナーがなかったりするが、昔、熱心に読まれた時期があったのだ。
その頃、平井和正の書く小説はものすごい熱量があったのだ。





「ウルフガイ」シリーズや「死霊狩り」ゾンビハンター3部作など、新刊が出るのが待ち遠しかった。
その頃の平井和正の作風はずばり、大薮春彦風味のSF。
圧倒的な暴力描写とスピーディな展開はページを繰るのももどかしいくらいだった。
平井和正は、その時々で影響を受けたものごとが作品に反映するのだが、個人的には大藪春彦の影響下にあった頃の作品を夢中になって読んだ。



とくに、「アダルトウルフガイ」の狼男・犬神明には強く惹き付けられたものだった。
ウルフガイシリーズには二つの異なったシリーズがあって、平行して書かれていた。
ひとつは「少年ウルフガイ」シリーズ。少年犬神明が主人公にしたシリーズ。獰猛な不良・羽黒獰と、過酷な運命をたどる美貌の女教師・青鹿晶子が印象深い。
狼に変身するという特異な体質の少年は、白人の恒久的支配を目論む秘密結社に知られるところとなり、謀略に巻き込まれる。
もうひとつはルポライター(トップ屋)の犬神明を主人公にした「アダルトウルフガイ」シリーズ。
なお、「少年ウルフガイ」と「アダルトウルフガイ」は平行世界であるらしく、「少年ウルフガイ」にはルポライターの神明という人物が登場する。「アダルトウルフガイ」の犬神明と同一存在だ。

私は、どちらかというと「アダルトウルフガイ」に夢中になった。
「アダルトウルフガイ」当初はわりとユーモラスな描写もあった。なにしろ第1作のタイトルは「狼男だよ」である。
しかし、シリーズは徐々に陰陰滅滅な物語に変わっていく。
狼男である犬神明は、超常的な能力ゆえに世界じゅうの謀略機関に追われ、おぞましい事件に巻き込まれる。それでも狼としてひたすら自由であろうと奮闘する様に声援を送ったものだ。

私が「ウルフガイ」を好きだった理由はとても単純だ。

面白いからだ。
それに尽きる。

「ウルフガイ」は、発売日を指折り数えて待った。本屋で「新刊情報」のパンフレットを毎月必ずもらい、発売予定をチェックした。他の書店より1日早く本が並ぶ神保町に出かけて買った。
 で、ほんの数時間で読み終える。
これは内容や文章がスカスカという意味ではない。むしろその逆で、内容は濃く、暴力描写もアクション描写もしっかり書かれている。
おもしろくて、すごいスピードでページを繰ってしまうのだ。
 あまりに早く読み終えるのが悔しく、数度読み返した。
 で、ひたすら続きが読める日を待った。
「アダルトウルフガイ」シリーズの絶頂は「人狼戦線」である。

平井和正は自分の長編作品群を「人類ダメ小説」と呼んだ。
人類は凶暴で下等な生物であり、他の動物を虐殺し、人間も虐殺し、戦争を起こし、環境を破壊するどうしようもない種だ。
人類を糾弾するのが「人類ダメ小説」なのだ。
平井和正は「ダメな人類」を糾弾するために、人類よりも高潔な存在としてアンドロイドやサイボーグ、人狼を主人公にしたり、宇宙生命体を登場させたりした。

「人狼戦線」は「人類ダメ小説」の頂点であり、またそこから別のステップへの転換点を示す小説である。
作中、犬神明は変調をきたし、人狼としての不死身性を喪失して、弱い人間になってしまう。そうなった時、犬神明は市井のひとびとに手を差し伸べられ、孤独ではないことを身を持って知る。
そして、不死身性を取り戻した。
重要なのは、この小説で描かれたのは、「救済」であること。
救済はのちに平井和正の小説のキーワードになっていくのだ。



 「アダルトウルフガイ」は、あるエピソードで驚くような展開を見せる。

犬神明が霊界に行って、大天使ミカエルに遭遇するのである。
「そなたには天から与えられた使命があるのです」

犬神明は人類救済の使命があるということらしい。
という次第で、宗教小説に変容したのだ。
平井和正は当時18か19だという新興宗教の教祖の娘にハマり込んでいたのだ。

エロスとバイオレンスの小説からの劇的展開はある種、快感といえないこともない。一読をお薦めする。

平井和正は、「人類ダメ小説」の終了を宣言する。
これからはこの世の真実を明らかにしていくのだ、救済を描くのだというようなことをどこかに書いていたように思う。
「アダルトウルフガイ」シリーズはほどなく長い中断に入る。

そして、平井和正はあの「幻魔大戦」を書き始める。
石森章太郎との共作である、コミック版「幻魔大戦」のノベライズとして書かれ始めた小説に、期待をもって臨んだ。3巻までは、コミック版をなぞって話が進んだ。だから、わくわくしながら読んだ。

第4巻を読んだのち、私は平井和正と訣別した。
かれの小説から、ページを繰るのがもどかしくなるドライブ感も、文体も喪われてしまっていた。
膨大な文字数の水増しと化していた。ページを繰るのが苦痛で内容が頭に入らない。だから、平井和正の本と訣別した。
その後、何度か読もうと試みた。
古書店に行ったおり、「幻魔大戦」を手にとって、10数ページ試し読みしたが、読むのはつらい。店頭のワゴンセールで1冊50円の文庫版「幻魔大戦」があっても、単行本版が1冊100円でも買う気にはならなかった。

「幻魔大戦」ののち、平井和正は「少年ウルフガイ」シリーズを再開する。
立ち読みしてみたが、どうにも読めないので買うのは諦めた。
「アダルトウルフガイ」は再開することもなく、作者は鬼籍に入った。

犬神明は、天使に憑かれるべきではなかった。
地面を這いまわって非常な敵どもと血みどろの戦いを繰り広げつつ、そのなかから光明を見出すべきだった。




平井和正と訣別ののち、私は大藪春彦に耽溺していった。
暴力描写と面白さは圧倒的だった。

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